天然ガス火力発電の9倍のコストがかかると言われる水素火力発電。本当に実用化する事ができるのか?関係資料からその可能性と問題点を見ていきます。
天然ガス火力発電の9倍のコストがかかると言われる水素火力発電。本当に実用する事ができるのか?
日本政府やIEAの関係資料から、2050年の日本の電力コストや世界の電源割合をシミュレーションし、水素火力発電の未来について考えます。
目次
水素火力発電のコスト
前回のブログ「【COP26】アンモニア・水素火力発電の有効性~ゼロエミッション火力発電は本当に実現できるのか~」では、水素火力発電は諸々の条件を満たす事でCO2だけでなくその他の温暖化物質も出さないゼロエミッション発電として使用する事が可能であるとの結論に達しました。一方で懸念点として太陽光・風力発電より発電コストが高く、産業の国際競争力に悪影響を及ぼす可能性がある事を指摘させていただきました。
今回のブログでは、水素火力発電のコストに注目し将来的な国としての電源コストを見ていきたいと思います。
2020年時点の日本の水素火力発電の発電コストは、97円/kwhと言われており、天然ガス火力発電の10.7円/kwhの9倍以上のコストが必要となります。一方、太陽光・風力発電の発電コストの世界平均は太陽光が約6.5円/kwh、風力発電が約7円/kwhとなっており日本の天然ガス火力発電より低いコストを実現しています。なお、天然ガス火力発電は燃料費による上下はありますがCO2対策費用を石炭火力発電に比べて少なくできるため、日本では最も安価な火力発電方法となっています。
太陽光と風力発電はこの10年で驚異的な拡大を見せ、それに伴い発電コストも大幅に下がりました。太陽光発電は2012年から2020年の8年間で4分の1になったと言われています。日本では再エネ発電はコストが高いイメージをお持ちの方もいらっしゃるかと思いますが、これは再エネ発電の普及のために固定価格買取制度(FIT)を設けた為で、実際には太陽光や風力発電にかかるコストは年々低下しています。太陽光・風力発電のコストは低下ペースは鈍化するものの、今後も下がり続けると見込まれています。

水素火力発電のコストは見通せていない
2020年時点での水素火力発電と太陽光発電の発電コストを比べた場合、15倍近くの開きがありこのままでは水素火力発電は主力電源とはなりえません。
そこで改めて将来のエネルギーミックス予想を確認したところ、実は日本政府も、現時点では水素火力発電が主力電源となり得ると考えていないという事が判明しました。第6次エネルギー基本計画によると、2050年のアンモニア・水素火力発電の割合は約10%、2030年では1%しか見込んでいません。一方太陽光や風力発電などの再エネ発電は2050年には50%~60%を見込んでおり完全に主力電源です。この数値の意味するところは、現時点では技術面やコスト面を含めた総合的判断でアンモニア・水素火力発電の有用性が見通せていないという事を示しているのではないかと思います。


図3は経産省所管の地球環境産業技術研究機構の資料から引用したグラフです。この資料では様々なシナリオで2050年の日本のエネルギーミックスを想定していますが、このグラフには「水素発電の割合が増加するためには、更なる価格低減か他電力の価格上昇が必要」という旨の注釈が記されています。すなわち、水素火力発電はコストがネックであると指摘するとともに、現状では価格低下が見通せておらず、最大でも23%の割合でした活用できないと結論付けている、という事ができるかと思います。
第6次エネルギー基本計画や地球環境産業技術研究機構の資料を見る限り、アンモニア・水素火力発電をアジアで展開していくという岸田総理のCOP26での発言は、あくまで野心的な目標であり、今はまだ実現可能性は見いだせていない、というものだと思われます。
一方、太陽光や風力などの再エネ発電は2050年には54%と予測されており明らかに主力電源です。発電コストは既に化石発電を下回っており今後更に低下する事が予想されています。実現が見通せない水素火力発電に注力する事が必要なのでしょうか?
水素火力発電はリスクヘッジとして有効という側面
私はこれまで、アンモニア・水素火力発電には懐疑的でした。発電時のCO2排出が無い事のみがクローズアップされ、生成時にCO2が発生しうる事やアンモニア燃焼時のN2O(CO2の310倍の温室効果ガス)発生、輸送・貯蔵の問題等に目が向けられておらず、これらを無視してアンモニア・水素火力発電を政府は推進しようとしているのではないかと思えた為です。
しかし、調査を進めるうちに、水素火力発電に限って言えば(アンモニア火力発電はN2O排出をゼロにする目途が立っていない)ゼロエミッション電力となり得る技術が確立されつつあり、温暖化対策として有効であると言える事が分かってきました。(詳しくは、「前回ブログ 「【COP26】アンモニア・水素火力発電の有効性~ゼロエミッション火力発電は本当に実現できるのか~」 をご覧ください)また、発電コストに政府が高い関心を持ち、水素火力発電のコストダウンが実現しない限り主力電源とはできないとの見通しを持っている事も理解しました。これは、経団連を始めとした経済界の働きかけが大きいのではないかと思います。
そして、自然災害の多い日本では1つの発電方法に頼るのはやはり危険です。東日本大震災の例を挙げるまでもなく、太陽が照らなければ太陽光発電はできませんし、風力発電は風が弱すぎても強すぎても発電効率が落ちます。これらを補完できる発電方法は確保しておくことは必要であり、補完できる発電を考えた場合、原子力発電は私を含め多くの人は再稼働や新設には反対だと思いますし、政府としてもその選択肢は取れないでしょう。だとすれば、安定電力としてのゼロエミエネルギーの技術を持ち、エネルギーミックスの1つとして使用する事は必要なことなのでは無いかと考えるようになったのです。
水素火力発電が真のゼロエミ発電となるためには
水素火力発電がエネルギーミックスの1つとして、有用なゼロエミッション電源となるためには、コストダウンと水素生成から発電まで廃棄物を出さない技術と運用を確立し、それを監視する仕組みが必要です。
コストに関しては、経産省の資料では2030年に17円/kwh、将来的には12円/kwhとすることが目標とされています。 12円/kwhは現在の天然ガス火力発電に近いモノで、ここまで下がってくれば実用できるエネルギーとして見込む事ができます。
水素火力発電の発電コストを12円/kwh、再エネ:14.5/kwh、原子力:13円/kwh、CCUS火力:14.5円/kwhとして(地球環境産業技術研究機構「2050年カーボンニュートラルのシナリオ分析(中間報告)」より)第6次エネルギー基本計画の電源割合で2050年の日本全体の電源コストを計算しますと、14.2円/kwhとなります。2020年時点の電源コストは13.5円/kwh程度なので(資源エネルギー庁「発電コスト検証について」より、再エネ16.8円/kwh、 原子力11.5円/kwh、石炭火力12.5円/kwh、天然ガス火力10.7円/kwh、石油火力26.7円/kwhとして算出)大きく上昇する事にはなりません。12円/kwhであればCCUS火力より安いのでCCUS火力を水素火力発電に転換すれば更に電源コストは下がります。
ただし、IEA(国際エネルギー機関)によると2050年の世界の電力構成は71%が再エネとなり内52%が太陽光と風力となると予想されています。太陽光や風力は更なる発電コストダウンが見込まれており、2050年時点の世界平均は数円/kwhとなっているでしょう。エネルギーミックスの観点からは本当に再エネ発電だけで71%にもなるのか疑問ではありますが、日本の計画では54%(水力、バイオマスも含む)ですので電力コストは世界平均を上回るかもしれません。
一方、水素火力発電が真にゼロエミッション火力発電として機能するためには、生成から発電まですべての工程で廃棄物を出さない運用が必要となります。
- 水素生成は再エネ由来の電力を使い水の電気分解によって行う
- 輸送・貯蔵では管理しやすい水素キャリアで行い再エネ由来電源又は水素を動力源とする
- 水素だけで火力発電を行う
水素調達に関しては輸入も想定されるためグリーン水素(CO2などを出さない方法で生成された水素)である事の証明が不可欠です。輸送に関しては船や自動車の水素エンジンの利用・EV化も必要になります。発電に関しては石炭などとの混焼ではなく100%水素だけで発電する事が求められます。太陽光などに比べるとサプライチェーンが非常に長く不正や誤魔化しを見抜きにくくなりますので、トータルで国際的な水素火力発電の基準が必要になります。
水素火力発電が真のゼロエミ発電となり、エネルギーミックスの1つとして世界で普及していく為には革新的なコストダウンと世界共通の運用基準を策定する事が必要です。特にコストダウンに関しては最大のハードルと言えますが、実際どこまで下げられるのか明確なエビデンスは示されていません。推進する日本政府には、技術開発状況や需要の変化を注視し、コストダウンのロードマップに対して常に正確な見通しを持っておくことが求められます。
蓄電技術への投資の必要性
2050年には太陽光・風力発電は世界で52%を占めると言われていますが、これらの再エネ発電の問題点は安定供給や急な電力需要増加に対応しにくいという点です。この問題の解決に向けて蓄電技術の研究が世界で盛んになってきています。日本も研究開発を支援していますがアンモニア・水素火力発電と比べると見劣りします。
水素火力発電は現在のコストを8割以上低下させなければ有効な電源として使えないと考えると、ある意味ギャンブル性の高い技術です。一方、太陽光・風力発電が拡大する事はかなり角度が高いと考えられますので、蓄電技術の研究開発にはアンモニア・水素火力発電と同等以上に注力してもらいたいと思います。
まとめ
まとまりに欠けるブログとなってしまいましたが、「水素火力発電は電源のリスクヘッジとして有効で、あった方がいい」と同時に「コスト低下が鍵だが未知数。太陽光・風力の蓄電技術にも注力した方が良い」という事を書かせていただきました。
このブログを始めてから発電についてかなり調査いたしましたが、非常に幅が広く将来予測も困難なことばかりです。こんな領域で新たな技術開発に携わっている研究者の方々は、まさに暗闇の中を手探りで進むような感覚なのではないかと思い、本当に頭が下がります。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。次回は「SDGsの本質」について書いていきたいと思います。なお、ブログ執筆にあたり参考とした資料は、下記「参考サイト」にリンクを掲載しております。
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